- 私のデータの中で登場するバスは約1000匹。15cmのちびバスから56cmのランカーまでいますが、その中で私が殺してしまった魚が一匹います。
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- 考え事をしながら釣っていたのでしょう。ノーシンカーの6インチグラブが2mの底まで落ちても私が気がつきませんでした。ラインからスラックが消えていくのに、初めてはっと気がついてあわせたときには既に遅し。あがってきた45cmのバスはのどの奥まで深々とワームと2/0のフックを飲み込んでいました。
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- かなり奥にフッキングしていることはあっても、のどの奥まで入っているのは初めてです。あわててフックを外しました。でも手間取りました。かなり力も必要でした。やばいな〜と思いつつリリースしようとしましたが、横を向きます。
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- しばらく手でささえて蘇生を試みましたが駄目でした。仕方がないので持って帰り、甘酢あんかけにして食べてみました。味がありません。身はスズキや鯛のような上品そうな白身なのですが、濃いめの味付けにもびくともしない味のなさでした。なんか、イヤ〜な気分がしました。翔ちゃんという友達をを思い出していました。
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- 思えば、私が釣りを始めた中学生の頃にはまだキャッチアンドリリースという言葉はありませんでした。芋を練って鯉や鮒を釣ってました。食べない鯉もなぜかキープしていたのをおぼえています。当時、私には翔ちゃんという友達がいました。
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- 中・高生と友達で、お互い大学生になっても夏休みなどには故郷の釣り場で良く出会いました。ある日、私が彼が釣りをしているところにいったとき、彼は大きな鯉を一匹釣っていました。聞けば、もう一ヶ月近く通い詰めやっと釣った一匹とのこと。
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- 私は、自分の家まで一緒に持ってかえって魚拓を取ろうといいました。彼は反対しませんでした。一緒に別々のバイクにまたがり我が家に着き、私のリードのもと魚拓を取りました。しかし私はその後、翔ちゃんが言った言葉に驚きます。
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- 「鯉は生命力が強い。まだ生きてるから、今から釣り場まで戻りリリースしてくる。」「うん。」私は力無く答えました。何か意気揚々と魚拓を取っていた自分が少し馬鹿みたいに思えました。釣り場までバイクで30分、彼は走り去っていきました。
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- 思えばあのころから殆どどんな釣りでも、余りキープすることが無くなっていました。それ以来、魚をキープするたびに翔ちゃんのことを未だに思い出してしまいます。彼とはもう25年もあっていませんけどね。
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